成り立ちの概要

一校一国運動は、どのように始まったのか?

1991年6月 IOC総会で、第18回冬季オリンピック開催が決定される。
1994年12月 「広島アジア大会の一館一国運動」を参考に、長野らしい方法で
交流活動を実施することを決定し、「長野国際親善クラブ」の声掛けにより
「長野市の小・中・特殊教育書学校による一校一国交流活動」が検討された。
1995年6月 校長会で、「自国の国際化教育推進の為に、
オリンピック・パラピンピックを軸にして
一校が一国と交流活動を自主的に行う」ことを決定する。
1995年10月 長野市国際化教育推進補助金により、国旗等を購入し始めます。
1995年11月 前回冬季五輪参加国を参考に各校の希望交流国のアンケートを実施する。
1996年1月 各校の交流相手国を決定する。
1996年4月 「一校一国交流活動」を学校の校務分掌、児童会・生徒会に位置付け、
取り組み始める。学校内で相手国について本格的な調査を実施します。NAOCの協力により、プレ大会、オリンピックイベントへの参加、
選手団との交流等が可能になった。
1998年2月 入村式へ参加
オリンピック・パラピンピック開催、競技会場での応援・競技終了後の交流
1999年 オリンピック開催後は、各学校において交流相手国の学校、団体との
継続的な交流を実施する。
2001年4月 「国際交流基金」「一校一国活動補助金」が創設され、
14校で訪問、招待による交流を実施した。
こうして、長野市内小・中学校・特殊学校75校が、交流を始めた。