2018年2月18日(資料3)

『世界一校一国運動事例発表会 in NAGANO』(仮称)の開催までの経緯報告

2018年2月18日(日)
於:トイーゴ『かんてんぱぱトイーゴカフェ』
報告者 倉島卓人

一校一国運動は、なんで有ったのか?

まず一校一国運動とは、なんで有ったのか?を、ここでもう一度明らかにしておきましょう。
一つの学校ごとに、ある一つの国を割り当ててその学校とその国との交流をさせるという企画でありました。

長野オリンピック当時長野市内75校に強制的に割り当てられ、オリンピックの高揚感溢れる中、北部中学校は、チャコスロバキアとの交流を受けて、チャコスロバキアという国がどこにあり、どのような国なのか?調べ、当時の「長野国際親善クラブ」の橋渡しを受けずに独自で日本大使館に趣き、大使に交渉する中で、『ルージュ』の選手とコーチをプレオリンピック当時から出迎え、成田空港まで出むき、日本に持ち込んだ「ルージュ」をPTA会長の車に乗せて長野市まで運びコーチと選手も同乗させて一緒に同情し長野までお乗せする中で、交流が強まった。というお話をお伺いしました。

こうした交流が広まる中で、オリンピックが終わり年月が立つ中で、その高揚感が薄れ、各小中学校の先生が移動されるなど、様々な要因が重なり当時75校で始められた、「一校一国活動」も減少し平成19年(2007年)には、18校にまで落ち込んでしまい、その後多い年で13校前年は、11校にまで減少してきています。

こうした中で、長野市の『l国際交流基金』もあと7〜8年で枯渇しようとしております。
経済的な支援がない中で、日々仕事に追われている中で、担当教科の他に『国際交流』担当を任されて、自費で海外まで交流のコーディネートを行なっている頭の下がるような先生がたもおられます。

『一校一国運動』の問題点

昨年度、私たち、「長野国際親善クラブは、9月13日に『一校一国運動』の学習交流会を開催し、以上述べてきた現状を長野市教育委員会学校教育課や国際室の方々もお呼びし学習をするとともに、自らの足で、長野市内10数校を口頭調査を行いました。

その結果から

  1. どうして、「一校一国運動」を行う学校が減少したのか?
  2. 継続されている学校はなぜ継続されているのか?

を明らかにしました。

問題を検討した結果以下の内容で努力をする

以上の問題を検討した結果以下の内容で努力をすることになった。

【問題1】は、国際交流を推し進めようとする先生方の拡大と校長先生の集まりを作っていただくことが重要課題。

【問題2】は、一つの学校ごとに、ある一つの国をつなぐ『コーディネーター』を学校の中で位置付けて、置いていただく。

【問題3】は、

  1.  学校の中で、今、動いている生徒の「国際交流委員」のメンバーの代表組織を構成すること。
  2. 実際に海外に出向いた生徒ex)西部中の上野悠二さんや三本柳小の熊井さんらのような方々が、指導、援助を行う組織構成を作る。

【問題4】は、「一校一国運動」をアウトソーシングするために一年に一度「国際一校一国運動事例発表会」を開催し2020年東京オリンピックに向け、その存在を広げていく活動を積極的に行う。

 

などの方針を持ち、昨年度12月17日に長野国際親善クラブの総会を開催し、以上の内容を今年度事業活動に取り入れ、その開催に力を傾けようと一致、本日、こうしてお集まり頂き結成の運びとなった。

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